枚方簡易裁判所 昭和54年(ろ)5号 判決 1981年1月30日
主文
被告人を罰金五〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。ただし換算により端数の生じたときはこれを一日とする。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和五一年九月三日、枚方市議会より、同市議会設置にかかる行政事務調査特別委員会が行う、同市土地開発公社の公共用地取得に関する事務調査のため、証人として、同市大垣内町二丁目一番二〇号同市役所別館四階第三、四委員会室に出頭するよう喚問を受けたのにかかわらず、なんら正当な理由がないのに、これに応ぜず、出頭しなかつたものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は、地方自治法一〇〇条三項、罰金等臨時措置法四条一項に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金五〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは刑法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間(端数は一日に換算することとし)被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告人は適法な証人喚問通知の送達を受けていないし、また被告人の本件行政事務調査特別委員会(以下「本件委員会」という。)欠席につき正当理由が存在するので、被告人は無罪であると主張するので、この点に関し以下のとおり認定し判断する。
前記各証拠によれば、左記1ないし13の各事実が認められる。
1 昭和五〇年九月一九日、被告人は、本件委員会において証人として証言した。
2 昭和五一年七月一六日、本件委員会は、他の証人の証言との食違い点につき明らかにするため被告人を証人として再喚問することを決定し、同年八月二五日、右再喚問期日を同年九月三日午前一〇時と決定した。
3 同年八月二五日、右の被告人に対する証人出頭請求書を封筒に入れ、封をしたものを、枚方市議会事務局長石橋弘一、同事務局次長市村利平及び同事務局議事課議事係長交久瀬泰行の三名が被告人宅に持参し、被告人不在のため、その同居する被告人の長女ゆかり(当時一一歳一〇か月)に対し、被告人に渡すよう依頼して交付した。その後、同日夕刻、同女は、その母である被告人の妻尚子に対し右請求書入り封書を石橋事務局長から預かつている旨説明して手渡し、同日夜、被告人は、妻尚子から右請求書入り封書を受領した。
4 同月二六日、被告人は、尼崎陸上競技場で開催された消防指導会に二、三時間出席し、同席した枚方市議会議長山原富明は、被告人に対し、九月三日の本件委員会への証人出頭を要請したが、被告人は明確な回答をしなかつた。右山原は、その時、被告人の健康状態について異常を感じなかつた。
5 同月二七日、被告人は、枚方市議会議長室へ開封された前記証人出頭請求書入りの封書を持参し、枚方市議会議長山原富明及び同副議長小川芳雄らに対し、右封書を返還する旨、及び、本件委員会に証人として出頭しなくてもよいようにしてほしい、強引に日を決めて出頭とは納得できない旨を述べ、右山原及び小川は、そのときの被告人の健康状態について異常を感じなかつた。
6 被告人は、同月下旬ころから、むかつき及び倦怠感などを覚えたが、同年九月三日まで医師の診断は受けていない。
7 同年八月二八日、本件委員会委員長神谷正は、電話で被告人に対し本件委員会への証人出頭を要請したが、被告人は、出頭しなくてもよいようにしてほしい旨回答した。
8 同年九月二日午後四時すぎ、被告人は、自宅で前記交久瀬泰行他一名と会い、自分の体の具合について「ぼちぼちやつているが出歩くのはしんどい」と述べ、右交久瀬は、被告人のそのときの健康状態について、言葉つきは普通でやつれた感じではないが若干弱つていると感じた。
9 右同日、被告人は、右交久瀬泰行他一名を介して枚方市議会議長あてに、要旨「今般要請のあつた件については前回当委員会で述べた通りであり、委細は貴職に再三懇請しているとおりだから善処されたい。」旨記載し、追伸として「只今健康状態すぐれず自宅療養中である。」旨記載した文書を提出した。
10 被告人は、同月三日の本件委員会に出頭しなかつた。
11 右同日午後六時半ころ、被告人は、寝屋川市東香里園町二三ー二二にある堤診療所分院に行き、堤俊郎医師の診察を受けたが、その状況は左のとおりであつた。
(1) 被告人は「二、三日前から食欲があまりなく、今日も朝ご飯、昼ご飯ともあまり食べていない。はき気も少しあり、便がやわらかくて一日に四回も便通がある。尿が黄色い。」と訴えた。
(2) 堤医師の診察の結果、熱はなかつたが、腹部が張つてぼうまん感とやわらかい感じがした。
(3) 治療方法として、プリンペランというむかつきを止める薬を皮下注射し、さらにビタミンB1、ブドウ糖、チオクト酸を混合した薬を静脈注射し、内服薬として胃散の錠剤と肝臓の薬として消化剤を各四日分投与した。
(4) 診断病名について、堤医師は、カルテには「急性腸カタル」と記載し、同日被告人から請求された診断書には「肝炎の疑、慢性胃カタル」と記載し、同月一四日市役所職員から請求された病状報告書には「軽度の急性胃腸カタル」と記載した。
(5) 堤医師は、右九月三日の診断結果からみて、被告人の病状は軽度であり、外出ができない状態ではないが、肝機能検査結果が判明していない段階であるから、最悪の場合は吐血等病状悪化の可能性があり、二週間ぐらい激動を避けて安静にしたほうがよいと診察した。
(6) 肝機能検査の結果は、その後同月四日ころ判明したが、異常はなかつた。
12 被告人は、同月四日、堤俊郎医師作成の診断書(肝炎の疑い、慢性胃カタルにより向う二週間の安静を要すると記載のあるもの)を枚方市議会議長あてに提出した。
13 被告人は、同月七日関西医科大学附属香里病院に行き西村甲子夫医師の診察を受け、その後、昭和五三年一月九日まで同病院に通院した。右西村医師は、当初は胆のう炎の疑いを有していたが、諸検査の結果被告人の病名につき急性すい炎と診断し、被告人の急性すい炎の程度は中程度であり家で事務的仕事はでき社会生活には神経的影響はあるが証人として三〇分ないし一時間ぐらいの証言であればできないことはないと判断した。
以上を総合して検討すると、
一 昭和五一年七月一六日、本件委員会が被告人を証人として再喚問する決定をした点につき、明らかにその裁量権を逸脱したと認むべきものはないから、右決定は有効と認められ、
二 被告人に対する同年九月三日の本件委員会への証人出頭請求書の送達に関し、地方自治法一〇〇条二項は民事訴訟に関する法令を準用するから、民事訴訟法一六〇条以下のほか裁判所法六三条三項を準用すると解されるところ、当該普通地方公共団体たる枚方市に執行官が所在しないところから、右証人出頭請求書の送達につき議会の庶務を掌理する枚方市議会事務局長その他の職員(地方自治法一三八条)を用いたことは右裁判所法六三条三項に準じて解されるから、この点に手続違背は認められず、
三 右証人出頭請求書は被告人の長女ゆかりに交付されたものであるが、同女は、当時年令一一歳一〇か月で被告人と同居しており、同書類は事務局長石橋弘一らが持参したものであることを理解し、同書類をその母である被告人の妻を介して被告人に渡していることなどからすると、民事訴訟法一七一条一項にいう事理弁識能力を有していたと認めることができるから、右証人出頭請求書は有効に送達されたと認められ、
四 仮りに、右送達手続に瑕疵が存するとしても、送達手続は受送達者に書類の内容を知らせることを目的とするものであることを考えると、右同日前記認定事実の経過を経て被告人は右証人出頭請求書入り封書を受領しているのであり、前記認定事実5の事情を合わせ考えれば、右瑕疵は治癒されたと解すべきであり、いずれにしても右証人出頭請求書は有効に送達されたと認めることができ、
五 同年九月三日当時、被告人は内臓疾患を有していたが、その病状は軽度であり、本件委員会に証人として出頭することができない程度のものと認めることができず、地方自治法一〇〇条三項にいう正当の理由はなかつたと認めるのが相当であるから、
したがつて、弁護人の前記主張は、これを採用しない。
よつて、主文のとおり判決する。